Review › 壊れた少女を拾ったので

この本の不条理な世界観に気圧されて感想を書くのを躊躇っていたんですが、ちょっと前にやると言ったことを早速止めてしまうのはいかがなものかと考えたので書いてみます。

遠藤徹のデビュー作「姉飼」があまり好きになれなかったので知らなかったんですけど、この「壊れた少女を拾ったので」は2005年に「弁頭屋」というタイトルの単行本で発売されていました。
そして、この「壊れた少女を拾ったので」は2007年の文庫本。
本屋で見かけたときはあまり期待せずに買いました。

弁頭屋

元表題作。
戦争が起きている日本で、田舎の大学に通う主人公。戦争の実感はないらしい。そんな舞台。

大学に弁当屋が弁当を売りにきて、その中の2人姉妹が可愛くて、奥手な主人公は仲良くなりたいけど奥手なのでモヤモヤ。
主人公のことを同類だと思っている遊び人の友人が「誘ったから4人でデートしようぜ!」とか言ってくる。

正直、ストーリーはどうでもいいですw
重要なのは世界観というか、少しだけおかしい日常(自衛隊が戦争をしかけた)と狂った日常風景。
この姉妹の弁当屋のが売っている弁当は弁当箱に入っているんですが、その弁当箱は人間の頭。
どうも死体の脳を取り除いて作っているようです。だから弁頭屋なんですね。

他の弁当屋の描写はほとんどありませんが、登場人物たちは人間の頭の弁当箱を当たり前だと認識しているので普通のことなんでしょう。
デートした後、友人は姉妹に殺されて弁当箱になってしまうんですが、主人公がそれを買って普通に食べていることからもそう考えられます。

何と言うか、異常な光景を日常として書く簡単なテクニックみたいな感じ。
「この世界では~」とか「弁当は人間の頭に入っている」とか説明を一切書かずに、あくまでも弁当箱だと扱うことで異常を溶け込ませている。
よく見る書き方ですが、狂いっぷりが予想外だったのでちょっと戸惑いました。

一応、この異常な光景は劇中の日本だけ(?)のことのようです。
この姉妹はテロリストというか敵国の人間らしく、人を攫って弁当箱にしています。
しかし、主人公は姉妹の妹の方に惚れられてしまって、弁当箱になる直前に庇われます。
以下はそのときの会話。

「どうして、お姉ちゃん。この人だけはって」
「ばか、敵国人に惚れてんじゃねえよ」
「悪い人たちじゃないわ」
「悪いよ。悪魔だよ。友だちの頭に入った飯を平然と食うやつらだぞ」

まあ主人公はそのとき、首を鋸で挽かれながら今日は来て良かった、とか考えていたんですけどね。
最終的には脳だけ助かって犬にリサイクルされるわけですが。

読んだときは「ああ、だいぶブチ切れてるな」と思いましたが、全部読み終えたあとだと始めに持ってくるにはちょうどよかったのかもと思います。
これを読んだことで、何か異常な描写があっても「この作品はこういう世界観なんだ」とすんなり理解できるから。日常に紛れている明らかな異常性意外は普通の光景だからこそ。まあ、その普通もどこか変なんですけどw
「あいつらはおかしい」と認識している登場人物が読み手の理解を助けてくれることも。

赤ヒ月

人間の内臓を舐めたり噛んだりすることで快楽を得る人種の話。
「弁頭屋」と違って、こっちはわりと少数派。そして犯罪行為だと認識しています。
けど、主人公がこっち側の人間なので当たり前の光景に見えてしまう、という書き方。

この主人公たちは人を殺しているわけではなく、人の腹を割いて内臓をあれこれすることで快楽を得ています。
腹を割くのに素手だったり、割かれた人間はどうやって傷を閉じているのか、とか考えてはいけません。そういう世界として受け入れないと読んでられないから。

主人公は内臓を味わいたいと思っていて、更には共感者もいるのに、またしても奥手なタイプでなかなか手を出せません。
同じ嗜好の白衣を着たセクシーな先生とテニス部の女子同級生に何度も促され、誘われて、ようやく「聖餐」を行います。
こんな奥手なのに、子供の頃に結構酷いこともやっています。ムカデを同級生に飲ませるとは。
この物語は現在と思い出が同時進行して交差点もあります。ムカデのに至るまでは色々あるんですが、いくらなんでも酷すぎ。

世界観だけで持っているようなストーリーで、逮捕されたりもなく(事情聴取はあるけど)、ラストは同好の集会。
主人公が子供の頃にしたムカデのせいでちょっと酷いことになりますが、血と臓物で彩られたパーティーは続く、という描写で締め。

ストーリー展開に盛り上がる部分は特にないかと。
上に書いたように、世界観と内臓を味わう「聖餐」の描写を読む話だと思います。
エロティックとグロテスク、ほんのりサスペンス。そんな物語。
これだけだと面白そうなんですが、俺はあんまり楽しめませんでした。

カデンツァ

これはもう……何と言ったらいいか。
炊飯器の子供を身ごもる妻と、ホットプレートと愛し合って子供を授かる主人公。
そして冷蔵庫と人生を共にする上司とランニングマシンと愛しあった上司の妻。
ポルナレフAAの「あ…ありのまま(略)」な感じになりましたw
例によって、どうやったら家電と人間の間に子供ができるのかとか考えてはいけません。

「壊れた少女を拾ったので」の中では一番面白かったです。
本当に説明しづらい内容なので多くは書けませんが、分かりやすいのを引用しておきます。

ベッドでのアンナはステキだった。
すべて想像していた通りだった。
一目あったときから、というより再会したときからというべきだろうけれど、アンナのセクシーさは際立っていた。ホットプレートというだけあって、なかなかに熱いボディだった。火傷しそうな肌だった。実際、拓郎の体にはいくつものキスマークが残されていた。傍目には火傷としか見えないけれど、それはアンナの激しさの証だった。

終始こんな感じですw
他には、炊飯器がホットプレートを犯そうとしてるのを見てマジギレするシーンとか。

壊れた少女を拾ったので

表題作。
主人公は死んだペット捨て場で同様に捨てられていた「壊れた少女」を見つけて、家に持ち帰り修復する。
修復は自分の内臓を少女に移植していくことで行われる。

ストーリーは特にないです。
美しい少女を修復したら敬愛する「おねえさま」みたいで、鏡を見たら自分が「おねえさま」そっくりだった、とか。
思い出の中を「おねえさま」をいつの間にか主人公がやる立場に。
ループを思わせる終わり方。

グロテスクとマゾヒスティック全開な物語。
虐げられ、愛でられた、崇拝する「おねえさま」になった主人公の思いを考えると、発狂しそうになったのも理解できるような気がします。
そして「おねえさま」そっくりな主人公は思い出の中の「おねえさま」に身も心もなっていきます。

もともと「おねえさま」は存在せず、主人公のもう1つの人格じゃないか。
自分も元は「壊れた少女」で、「おねえさま」は自分を「おねえさま」にとっての「おねえさま」を再現して、それがループしているんじゃないか。
こんな感じでストーリーを色々に解釈して楽しむにはいいと思います。

修復シーンと回想シーンの奉仕精神から漂うマゾヒズムと残虐性の美が際立つ話でした。

桃色遊戯

桃色のカビに侵されてゆく世界。
そんな世界での様々な人間模様。

バイオホラーとかじゃなくて人間ドラマだと思いますが……この話に関しては特に書きません。こういう話は嫌いじゃないんですが、どうも感想を書く気にならないですね……。


異常なことを当たり前として書かれた世界、そんな世界を楽しむ本でした。
全体的にグロティシズムとマゾヒズムが描かれているので、かなり読む人を選ぶかと。
あと「こういうのはホラーとしてどうなのか」とも思いますが、角川ホラーが掲げる「広義のホラー」という定義は外していないと思います。
まあ実際には幻想小説なんでしょうけどね。

何となく山口椿の「少女残酷物語」が好きな人は好きそうだと思いました。
あれはいい本でしたよ。

そういえば「壊れた少女を拾ったので」「弁頭屋」のどちらも Amazon のレビューが上手くまとめてて分かりやすいですよ。